2012年07月22日
米国テニス人気質
今日は米国のテニス愛好家達の気質について書いてみたいと思います。
まず、日本との違いで気付くことは、シングルス好きが本当に多いです
アメリカは公共のただで利用できるテニスコートがいたるところにあり、しかも空いていて使いたい放題というところも影響しているのかもしれませんが、本当によくシングルスの試合形式の練習をやっています。
テニスコートに二人でやってきて練習もそこそこに、すぐシングルスの試合を開始し、ずっと試合をやってる感じです。
もちろん、二人できて、シングルス形式の練習を延々とやっている私のような人もたくさんいますし、年配の方になるとダブルスをする人がおおくなりますが、日本のようにダブルスがメインということはないですね。。。
そして、、、
練習をしていて感じることは、相手の取りやすいボールをうってラリーを楽しもうとか、ラリーを長く続けようとか、そういう意識を持った人がほとんどいません。
みんな好き勝手気ままに打ちますし、相手がどんなボールを打とうと気にしません。
むしろ、私のようなグリグリトップスピンの取り難いボールは練習になると歓迎されますw
他人を思いやり和を大切にする日本
と、自由を尊び競争を肯定するアメリカ
との文化の違いをとてもよく表していると思います
そして、、、、
いざトーナメントに出てみると、とても面白い光景を見ることができます。
なんと、シングルスの試合中のコートチェンジの時に、対戦相手同士が仲良く雑談をしているのです
もちろん全員ではありませんが、よく見かける光景です
日本ではこの光景はまず見ることがありません。
日本人はシングルスのとき、相手を敵とみなし、試合を戦いと考えることが多いと思います。
試合中に相手と雑談するなど考えられないのではないでしょうか。
でも、アメリカでは相手は敵ではありません。お互いのテニス技術を競い合う仲間なのです。
競争を肯定し、競争を善とみなしているアメリカ人にとって、試合は戦いではありません。
あくまで競争で、楽しみなのです。
当然、プロフェッショナルの世界や大学テニスの世界まで行くとそうも言ってられないでしょうが。。。
でも、素人の世界では、本当に楽しみながらシングルスをやっていて、相手のいいショットには惜しみない賛辞を送りますし、ネットインすれば、すぐに謝ります。
もちろん、日本でもそういう人はたくさんいるとは思いますが。。。
子供の頃読んだテニス漫画(フィフティーン・ラブという題でした。)で、今でも心に残っている台詞があります。
主人公はテニスの才能を認められ、少年にも関わらず、一人でアメリカのテニスアカデミーに入り、一人ぼっちでプロを目指す競争の中に巻き込まれて行くのですが(何か錦織君の話に似ていますが、錦織君が生まれる前の作品です。)、その競争の中で一人ぼっちの寂しさに主人公が押しつぶされそうになった時に、友人が言ったのです。
「テニスは一人じゃない。自分と相手、二人なんだ。相手は敵じゃない。同じテニスを愛する仲間だ。」
なにせ20年以上前の話なので、うる覚えで詳細は違ってるかもしれませんが、こんな内容の台詞でした。
主人公はこの言葉のお陰で孤独に打ち勝つことが出来、グランドスラム優勝に向けてひた走ることになるわけですが。。。
当時、日本でテニスに打ち込んでいた私にとても新鮮で感動的な台詞でしたが、アメリカではむしろ普通のことで、とても仲良くシングルスをしています
私も、シングルスに対する姿勢がずいぶんと変わりました。
以前は闘争心むき出しで、アドレナリンをフルスロットルで出しながら、雄たけびを上げて試合をしていましたが、今は純粋に自分のテニス技術を高め、技を競い合うことだけに集中して試合をしていますし、試合中であっても相手が話しかけてくれば気軽に雑談します。
結果として、ここぞと言う所でナーバスになってミスをしてしまうということもあるかもしれませんが、それも技術の無さだと思って割り切って楽しんでいます。
生来の負けず嫌いなので、負けるとやっぱり悔しいですがw
まあ、国が違えばそのスポーツに対する考え方も違うわけで、他の国、たとえばテニス大国スペインやフランス
ではどんな風なのか、とても興味があるところです。
いつか、他の国でもテニス仲間を作って、テニスをやってみたいですね
まず、日本との違いで気付くことは、シングルス好きが本当に多いです

アメリカは公共のただで利用できるテニスコートがいたるところにあり、しかも空いていて使いたい放題というところも影響しているのかもしれませんが、本当によくシングルスの試合形式の練習をやっています。
テニスコートに二人でやってきて練習もそこそこに、すぐシングルスの試合を開始し、ずっと試合をやってる感じです。
もちろん、二人できて、シングルス形式の練習を延々とやっている私のような人もたくさんいますし、年配の方になるとダブルスをする人がおおくなりますが、日本のようにダブルスがメインということはないですね。。。
そして、、、
練習をしていて感じることは、相手の取りやすいボールをうってラリーを楽しもうとか、ラリーを長く続けようとか、そういう意識を持った人がほとんどいません。
みんな好き勝手気ままに打ちますし、相手がどんなボールを打とうと気にしません。
むしろ、私のようなグリグリトップスピンの取り難いボールは練習になると歓迎されますw
他人を思いやり和を大切にする日本



そして、、、、
いざトーナメントに出てみると、とても面白い光景を見ることができます。
なんと、シングルスの試合中のコートチェンジの時に、対戦相手同士が仲良く雑談をしているのです

もちろん全員ではありませんが、よく見かける光景です

日本ではこの光景はまず見ることがありません。
日本人はシングルスのとき、相手を敵とみなし、試合を戦いと考えることが多いと思います。
試合中に相手と雑談するなど考えられないのではないでしょうか。
でも、アメリカでは相手は敵ではありません。お互いのテニス技術を競い合う仲間なのです。
競争を肯定し、競争を善とみなしているアメリカ人にとって、試合は戦いではありません。
あくまで競争で、楽しみなのです。
当然、プロフェッショナルの世界や大学テニスの世界まで行くとそうも言ってられないでしょうが。。。
でも、素人の世界では、本当に楽しみながらシングルスをやっていて、相手のいいショットには惜しみない賛辞を送りますし、ネットインすれば、すぐに謝ります。
もちろん、日本でもそういう人はたくさんいるとは思いますが。。。
子供の頃読んだテニス漫画(フィフティーン・ラブという題でした。)で、今でも心に残っている台詞があります。
主人公はテニスの才能を認められ、少年にも関わらず、一人でアメリカのテニスアカデミーに入り、一人ぼっちでプロを目指す競争の中に巻き込まれて行くのですが(何か錦織君の話に似ていますが、錦織君が生まれる前の作品です。)、その競争の中で一人ぼっちの寂しさに主人公が押しつぶされそうになった時に、友人が言ったのです。
「テニスは一人じゃない。自分と相手、二人なんだ。相手は敵じゃない。同じテニスを愛する仲間だ。」
なにせ20年以上前の話なので、うる覚えで詳細は違ってるかもしれませんが、こんな内容の台詞でした。
主人公はこの言葉のお陰で孤独に打ち勝つことが出来、グランドスラム優勝に向けてひた走ることになるわけですが。。。
当時、日本でテニスに打ち込んでいた私にとても新鮮で感動的な台詞でしたが、アメリカではむしろ普通のことで、とても仲良くシングルスをしています

私も、シングルスに対する姿勢がずいぶんと変わりました。
以前は闘争心むき出しで、アドレナリンをフルスロットルで出しながら、雄たけびを上げて試合をしていましたが、今は純粋に自分のテニス技術を高め、技を競い合うことだけに集中して試合をしていますし、試合中であっても相手が話しかけてくれば気軽に雑談します。
結果として、ここぞと言う所でナーバスになってミスをしてしまうということもあるかもしれませんが、それも技術の無さだと思って割り切って楽しんでいます。
生来の負けず嫌いなので、負けるとやっぱり悔しいですがw
まあ、国が違えばそのスポーツに対する考え方も違うわけで、他の国、たとえばテニス大国スペインやフランス

いつか、他の国でもテニス仲間を作って、テニスをやってみたいですね

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